バソンの歴史

イヴ・ピシャール:著 中西宣仁:訳
バソン(英語でバスーン、その他の言語ではファゴット)は円錐管のダブルリード管楽器であり、4つの木製部品(小ジョイント、下部ジョイント、大ジョイント、ベル)と1つの金属製ボーカルで構成されている。

その歴史は次のとおりである。
バソンは14世紀の≪ファゴット≫もしくは≪デュルシアン≫を起源とする。1546年にヴェゾンヌの地で初めてこの楽器に言及していることがわかっている。

この楽器は、ただひとつの部品でできており、大きさもいろいろあった。このうち最も使われた≪ファゴットコリスタ≫はドまで下がることができ、さまざまな楽器構成の音楽で用いられた。

メルセンヌ神父(訳注:マラン・メルセンヌ、数学者、哲学者)は著書で3つのキーのバソンを「ファゴット」という名前で言及している。彼は他の国では知られていない、さらに1音下まで出る4つのキーのバソンについても同じく話題にしている。リュリの時代にオトテール一族やフィリドール一族が新しいオーボエを製作したとき、オーボエの低音部としてエキュリ(王室野外音楽隊)や銃士音楽隊で使わせるために新しいバソンも製作していた(おそらく1670年過ぎ頃)。

現存するもっとも古い楽器は、実は1680年より少し前、ドイツやオランダの楽器製造業者がフランスモデルをまねて作り始めたものである。この楽器は、現代と同じように4つの部品で構成されており、オーボエと同じような装飾で、3つか4つのキーがついている。

18世紀の間に、全体的な輪郭はシンプルになったが、キーの数は5つや6つに増加した。これはバソンでモーツァルトのコンチェルトを演奏するためである(J.B.ドラボルドの音楽随論(1780年第1巻)の中で、音楽家のピエール・クーニエがこの時代のもっとも完全な証言をしている)。パリのコンセルヴァトワール初代バソン科教授のE.オッツィは7つのキーのバソンを使用しており、そのうちのひとつのキーは、レまでの高い音を容易に出しやすくするため、親指で操作するように小ジョイントにつけたものである。

それから低いドとシの音の発生を改良するためや、音域内の古いフルシュ運指(指が交差する運指)を置き換えるため、また、より多くのトリルの正確性を期すために、さらに新たなキーを取り付けた。

1811年にC.M.フォン・ウェーバーが作曲したコンチェルトのため、ミュンヘンのバソン奏者ゲオルグ・フリードリッヒ・ブラントはキーがおそらく11個と思われるバソンを演奏していた。シューベルト八重奏団の時代には15キーのバソンが出回り、特に1823年から楽器製造者のジャン・ニコラ・サヴァリ、通称「サヴァリの息子」が作り始めた楽器がよく選ばれた。彼のすばらしい楽器は、後に、フレデリック・トリエベールのような楽器製作者が作った空気の細い通り道がついたボーカルに対応したシステムも装備するようになった。また、トリエベールは、低音の音質をよりよくするため、円錐管の太さを均質に拡大した(1845年頃)。ビュッフェ・クランポンのバソンは紫檀でできているが、基本原理はサヴァリやトリエベールを尊重している。Th.ベームのシステムをバソンに応用しようとした試みは18世紀半ばで徒労に終わった。

ドイツでは、1817年から1825年までの間にマインツオペラのC.アルメンレーダーが音孔とキーシステムの大幅な改造を行い、現在のドイツファゴットの原型を製作した。この楽器は楓でできており、W.ヘッケルによってより完成度が高まった、この楽器は、オーストリア、ロシアまでに広がり、また、中央ヨーロッパ移民の仲買人によってアメリカにも広がった。W.ヘッケルは古いモデルの楽器ではしばしば安定性の欠けたいくつかの音を改良し、またミ以外の音域内のフルシュ運指をなくした。

ファゴットの音色をバソンの音色と混同することはないが、18世紀にファゴットができた始めの頃の音色よりはバソンに近づいた。どのようなシステムでも完璧ではない運指や音の釣り合い、音の響きなどの固有の問題はあるけれども、ヘッケルのファゴットは合奏や音質の点で優位であった。しかしながら、オーケストラの演目で最も難しいソロが含まれるラヴェルやストラヴィンスキーの作品はバソンのために書かれたということには注目すべきである。

それはでもやはり、戦争のころからファゴットは大量に製作され、長所も短所も認められてイタリア、ベルギー、イギリスにおいてバソンを置き換えていった。同時にフランスのオーケストラではナショナリズムの圧力によってバソンが定着しつつあった。ただ、ひとつ新しい事実として、プロのレヴェルで18世紀のバソンの成功を取り戻す動きがあり、多くの録音が証明しているように、特にスイスやドイツの音楽家たちがオリジナルもしくはレプリカの楽器でこの時代の音楽を演奏している。

18世紀には、やや小ぶりなバソンが非常に多く製造された。それらは通常のバソンよりも4度、5度、もしくは1オクターブ高いものであった。しかしそれらが使用された音楽はほとんど残っておらず、それらがいつまで作られていたのかもよくわからない。
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